隣の席に綾波レイ

世間から聞かされる自分がよく知らない人についての噂というのは意外と頭を離れないものである。世間の噂の大半は尾ひれがついて一人歩きしている場合が多いにも関わらず、それが全くの事実であるかのように受け止めてしまいがちでこれ相当に厄介なのである。

近頃の好景気の波に飲まれ、図らずも4月から新社会人として働くこととなった元ニートの僕にとって、この1ヶ月は新たな出会いの連続した時期であった。会社という新たな環境においては、今までとは違って付き合っていく人を自由に選ぶことができない。今まで出会ったことのないタイプの人間ともそれなりに付き合っていかなければならないのだ。

そんな中、「あの人は気分屋だから気をつけた方がいいよ」とアドバイスされた、一人の気分屋とされる女の上司が僕の職場にいる。僕の隣の席の人だ。そして確かにぱっと見、いつも不機嫌そうな表情で仕事に取り組んでいる。でもこの1ヶ月で僕がその人に対して抱いた印象と言うのは周りから聞かされた噂とは真逆のものだった。

外から見た彼女の表情は事実、話しかけようものなら無視されかねない冷血なものだ。さらに実際に話かけても、その温かみの欠けた表情を変える事も無いし、ましてや作り笑いさえ微塵も見せてはくれない。しかし僕は物凄く穏やかな人だと思った。こちらが聞けば表情こそ冷たいが丁寧に受け答えしてくれ、言葉使いや態度や行動はとても優しい。優しいことを冷血な表情で行う不思議な人なのだ。そしてたまに笑ったときのその笑顔は、パッとしない笑顔にも関わらず今までの冷たい表情の反動もあって、この上なく素晴らしい笑顔だと錯覚させられるのであった。

しかし噂と言うのは恐ろしく、僕は今でもその人に対して警戒心を拭い去ることはできないでいる。実際にはやさしい人だと思っても、心のどこかで人から聞かされた気分屋としてのイメージを消し去ることができないのだ。きっと彼女はただ、人より少しだけ不器用なだけで嬉しい時どんな風に笑えばいいかわかんない的な綾波レイじみた女の子なのかもしれない。アルエ。それなのに、周りに誤解され、気分屋というレッテルを貼られてしまっているんじゃないだろうか。実際彼女は気分屋だから気をつけたほうがいいと忠告してくれた人というのは他の部署の先輩だ。ハートに巻いた包帯を今すぐ全部ほどかなきゃいけないのは僕達の方なんじゃないだろうか。

‥‥でもまあそんなこんなで彼女を擁護してみたところで、僕の隣の席の綾波レイは今年で36歳のオバサンなんですけどね。(♪オチで〜す!ダンッダンッダン!ダッダッダッダン♪)